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『ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー [レイモンド・チャンドラー]

清水俊二・訳『長いお別れ』をふくめると、4回目の通読になる。
読むたびに面白くなっていく気がする。

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)

  • 作者: レイモンド・チャンドラー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/09/09
  • メディア: 文庫


チャンドラーの長編第6作。それまでの五つの長編と比べると、完成度はまるで別物だ。

それまでのチャンドラー長編は、何本かのストーリーが膜となって重なり合い、読者の眼から見ると、すぐには事件の様相がわからない、という謎の作り方をしていた。
探偵マーロウが直感的推理と行動により、その膜を一枚一枚はがしていき、ようやく真相の核が見えてくる、というプロットだ。

『ロング・グッドバイ』の事件はシンプルである。(あくまでそれ以前のチャンドラー長編と比較してのことだが)
分量も長く、ひとつひとつのシーンが丁寧に描かれているので、読者にすんなり入っていく。
チャンドラーの作法が洗練され、頂点に達した感がある。

初読は高校生、二度目は大学生だった。
三度目を読んだのは、40歳のときで、そのあたりから超A級の面白さに気づいた。
今回は、村上春樹による新訳版で、4度目を楽しんだ。

清水訳の味わいを残しつつも、言葉を新しく選び、丁寧な訳を心がけてもらったおかげで、よりストレートに作品世界が頭に入ってくる仕上がりになっている。

作中で、探偵フィリップ・マーロウの年齢が分かる場面がある。彼は42歳だと自分で言っており、状況からすると嘘は言っていない。信じてよいだろう。
ついに、私はフィリップ・マーロウより年上になってしまったわけだ。
面白くなってきたのは、こちらの年齢がマーロウに近づいてきたからという理由もあるに違いない。
高校生に「ギムレットには早すぎる」と言っても分かるまい。

レイモンド・チャンドラーが『ロング・グッドバイ』を書いたとき、60代半ばだった。
私がその年齢で『ロング・グッドバイ』を読んだらどう感じるだろう。
いまから楽しみである。


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『高い窓』 レイモンド・チャンドラー(村上春樹・訳) [レイモンド・チャンドラー]

『大いなる眠り』1939年、『さよなら、愛しい人』1940年に続き、1942年に発表された、チャンドラーの長編第三作である。
これも、四半世紀ぶりの再読であった。

高い窓

高い窓

  • 作者: レイモンド チャンドラー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2014/12/05
  • メディア: 単行本


富豪のマードック老夫人のもとを訪ね依頼を受けるマーロウ。
義理の娘が持ち出した、18世紀の貴重なコインを取り返してほしいという。

金持ちの家を訪れるという、私立探偵小説の王道ともいうべき冒頭のシーンを含めて、ほとんど覚えていなかった。
殺し屋との対決(『大いなる眠り』)、監禁部屋からの脱出、悪玉の洋上カジノへの潜入(『さよなら、愛しい人』)のような派手なアクションシーンがなく、事件がやや平板なため印象に残らなかったのだろう。
ムース・マロイのような突き抜けた個性のある登場人物がいないせいもあろう。
お色気も控えめだ。

プロットはよく練られている。
二つの殺人事件、それぞれの現場に残された二丁の拳銃の扱い方などは、うまい。

ただ、ご都合主義的なところもあり、例えば、作中の三つの殺人事件すべてで、マーロウは警察より先に死体を発見する。
また、村上春樹もあとがきで述べているが、偶然居合わせた事件関係者の話をカーテンの影に隠れて立ち聞きし、情報を収集する。これで、捜査は一気に進むが安易な手法ではある。

ラストシーンでは、マーロウは黄金時代の本格ミステリの名探偵のように、事件関係者の前で一人とうとうと語り、“謎解き”をする。
これはチャンドラーも抵抗があったのだろう、“謎解き”の前に、本格ミステリの名探偵が意外な犯人を指摘する滑稽さを自嘲気味にマーロウに語らせている。

『高い窓』で私が気に入った登場人物は、富豪の秘書をしている娘マールだ。
チャンドラーの小説に頻出する、煙草を吸いながら堂々とマーロウと渡り合うブロンド女ではなく、
男性に対しておどおどする、眼鏡をかけた(重要!)、化粧っけのないセクレタリーである。しかし、美人である。

女好きマーロウはいつものように美人を前にして心を揺れ動かすが、騎士である彼はぐっと我慢し、マールに対して兄のように振る舞う(このころのマーロウは、まだ若い設定)。マールを不幸から救い出してあげるのだ。

さて、最後に余談だが、チャンドラーの長編には、煙草を吸うシーンと酒を飲むシーンが多いのに改めて気づいた。
特に煙草は多く、関係者に会うたびに、まず喫煙の動作から入ると言ってもいい。
TBSドラマ『MOZU』では、登場人物がやたらと煙草を吸うので話題になったが、あんな勢いである。
当時はお茶やコーヒーを飲むように煙草を吸ったのかもしれないし、まあ、時代ということで。

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『さよなら、愛しい人』 レイモンド・チャンドラー [レイモンド・チャンドラー]

大昔、20年以上前に清水俊二・訳『さらば愛しき女よ』を読んで以来の再読だった。

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: レイモンド チャンドラー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/06/05
  • メディア: 文庫


とても面白く読めた。これほど楽しい作品だったとは。
『大いなる眠り』に続いて、チャンドラーの“再発見”となった。
村上春樹による新訳の企画は、たいへん意味のあるもののようだ。早川書房、久々のクリーンヒットである。

この新訳でまず気になるのが、タイトルであろう。
原題は、“Farewell,My Lovely”
『さらば愛しき女よ』、すばらしい響きだ。すでにこれが頭にすりこまれている。
新訳版刊行後、すぐに手に取らなかったのも、題名が変えられていたから、というのが大きい。
ただ、作品が持つある種のダブル・ミーニングを的確に表そうとするならば、村上訳のほうに軍配が上がる。
(詳細は、この項の最後に)

清水俊二の訳が悪いわけではない。
現に、村上の訳が文庫になっても、清水訳は新版になり、いっしょに書店の棚に並んでいる。たいへん珍しいことで、清水バージョンとして価値が認められているということだろう。

原文を読んでいないので、翻訳のみの比較になるが、清水訳より村上訳のマーロウは、優しく、知的な印象を受ける。
こうやって翻訳者によって印象が変わるのは、音楽で言えば、作曲家(楽譜)に対しての演奏家の違いといったところか。

せっかくなので、村上訳を全部読んでみることにした。
次は『高い窓』である。


★★★★★ 以下、ネタバレします ★★★★★


“さらば愛しき女よ”の場合、男が女に対して言ったセリフということになる。
この物語の場合、女とは当然、希代の悪女、ヴェルマ・ヴァレントことグレイル夫人である。
男の方は、大男ムース・マロイというのが妥当だが、マーロウからの言葉、というのも悪くない。ヴェルマに関わったすべての男たちという解釈でもいい。

悪女ヴェルマは、逃亡の末、ボルティモアで警察に発見され、拳銃自殺する。
追いこまれた末の自殺だった。

ところが最終章で、フィリップ・マーロウは別の解釈をする。
ヴェルマは必ずしも自殺する必要はなかった。ヴェルマを愛していた年老いた大富豪、グレイル氏なら一流の弁護士を雇って彼女を無罪にできた可能性もある。
しかし、裁判になれば、数々のスキャンダルが暴かれ傷つくのはグレイル氏だ。彼は病気がちでそんな不名誉に耐えられないかもしれない。
ヴェルマは、そんな夫のため、自殺を選んだ、のだと。

ランドール警部補は、
「お涙ちょうだいすぎるぜ」
と言って、マーロウの解釈を否定する。
マーロウも
「たしかに。話しているそばから自分でもそう思ったよ」
と自嘲する。
マーロウの甘さ、優しさを表している。

さて、マーロウの解釈を取る場合、“Farewell,My Lovely”という別れのセリフは、ヴェルマからグレイル氏に投げられたもの、女から男に対するもの、ともとれる。

どちらでもとれるように「女」ではなく「人」と訳したわけだ。

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『大いなる眠り』 レイモンド・チャンドラー(村上春樹・訳) [レイモンド・チャンドラー]


大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: レイモンド チャンドラー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2014/07/24
  • メディア: 新書


1980年代後半から1990年代の初めにかけて、ハードボイルド私立探偵小説にどっぷりはまっていた。
高校生から大学生にかけてのころである。
金がなかったから、地元の市立図書館で、ロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズを借りてきては、せっせと読んでいた。

ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドの御三家はもちろん、
ビル・プロンジーニ
マイクル・Z・リューイン
ローレンス・ブロック
サラ・パレツキー
スー・グラフトン などなど
片っ端から読んでいった。

そこに『そして夜は甦る』の原 尞が登場。ただでさえ偏った私の読書傾向の“偏食”ぶりに、さらに拍車がかかった。
しかし、原は寡作で、国内に有力な後継者が現れず、さらに本場、米国の作家たちもピークを過ぎたのか、90年代半ばになると急激に衰え(パーカー君、あなたのことだよ)、私の熱も冷めていく。
ハードボイルド系統の小説は主戦場が、私立探偵小説からノワール、悪漢小説、犯罪小説に移行していくが、私は勧善懲悪好きなので、悪人が主人公の話にはのれなかった。
やはり、騎士(ナイト)が活躍しなければ。

引っ越しのどさくさで、それらの蔵書はほとんど失われてしまったが、チャンドラーだけは買い直してそろえた。
(今思うと、ロスマクを失ったのは痛い。いま新刊本では『さむけ』と『ウィチャリー家の女』しか手に入らない。妻のマーガレット・ミラーは再評価で新訳が出ているのと比べるとたいへんな差である。死後、夫婦逆転といったかんじ。閑話休題)
そして『長いお別れ』は数年おきに何度も再読している。

ここ数年のチャンドラー関係の最大の話題は、村上春樹による新訳だ。
清水俊二の訳で親しんできたので、村上訳は手に取らなかった。
邦題が変更されていたのも抵抗があった。

しかし、チャンドラーの長編7作品のうち、清水俊二の訳が存在しないものがひとつだけある。
“The Big Sleep” 『大いなる眠り』だ。

双葉十三郎の訳で創元推理文庫から出ているのが定番だったが、いかんせん訳が古い。
冒頭、フィリップ・マーロウが依頼人であるスターンウッド将軍(油田で富を築いた大富豪)に会うシーンがあるが、将軍は、

「~そうじゃった」「~おるのじゃ」

と、田舎老人風の口調でしゃべる。まるでヘンリー・メリヴェール卿のように。
再読しようとしてもこのあたりでつまづき、先に進めない。
訳者のせいというより、これが翻訳の寿命なのかもしれない。

今回、村上春樹版『大いなる眠り』の文庫版を購入し、再読してみた。
これがとても読みやすい。さすが新訳の力だ。
『大いなる眠り』は評価が高い作品で、旧版の文春『東西ミステリー・ベスト100』入りを果たしているが、その理由も今回の再読で分かったような気がする。

村上春樹訳は、なかなか良いので、以降、清水俊二訳が存在するものについても、新訳で再読してみようと思う。
まずは、“Farewell, My Lovely” 『さよなら、愛しい人』だ。
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