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『黄色い風土』 松本清張 [松本清張]

私選・松本清張長編ベスト5に入る隠れた傑作です。

黄色い風土 (講談社文庫)

黄色い風土 (講談社文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1973/01/27
  • メディア: 文庫


ちなみに、ベスト5は、
1 点と線
2 ゼロの焦点
3 Dの複合
4 火の路
5 黄色い風土
です。

『黄色い風土』は新聞連載小説。1959~60年に連載され、翌61年に刊行。連載時は『黒い風土』という題名で、お得意の「黒い~」を冠した作品でしたが、単行本刊行時には、なぜか『黄色い風土』に改題されています。
黒→黄色の変更理由は、小説を読む限りではまったく分かりません。

1960年前後は、清張の小説執筆最盛期で、いくつもの長編が量産されました。
この『黄色い風土』は、それらの中でも娯楽性の高い内容で、読者を飽きさせません。たいへん長い小説ですが、リーダビリティーが高くダレることはありません。

主人公は、若宮四郎という若い週刊誌編集者。
熱海への出張途中、東京駅で見た新婚夫婦のダンナの方が、新婚旅行先の熱海温泉で謎の死を遂げる。警察は自殺と断定するが、不自然さを感じた若宮が新婚夫婦のことを調べはじめると、次第に謎が深まり、追っていた関係者も死を遂げる。やがて連続殺人事件へと発展していく……。

少しずつ、犯罪の輪郭が浮かび上がってきて、やがて旧日本軍の残党が関係する悪事が見えてくる、というスケールの大きさも良い。ラストは、清張らしからぬアクションシーンもあって驚きます。

清張の悪癖「偶然の安易な利用」は序盤のひとつを除いては気にならない程度。その偶然は、東京がまるで人口五千人の小さな村と思ってしまう! 清張作品を数多く読破している私は、もう麻痺していて興ざめすることなく読めるのであります。

水準以上の作品だと思いますが、なぜか知名度がありません。映像化も映画とドラマでそれぞれ一度ずつだけ。
映画は、連載直後の1961年に公開。鶴田浩二、丹波哲郎、佐久間良子の豪華キャスト。
ぜひ見てみたい。
ただ、内容はかなり簡略化されているとのこと。

松本清張の傑作短編集を編んでみる [松本清張]

松本清張ほどの作家になると、さまざま方がベスト短編集を編んでいます。
たとえば、これとか。

松本清張傑作選 戦い続けた男の素顔―宮部みゆきオリジナルセレクション (新潮文庫)

松本清張傑作選 戦い続けた男の素顔―宮部みゆきオリジナルセレクション (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/03/28
  • メディア: 文庫


私もマネして、六つの短編を選び、架空の短編集を作ってみました。

まず巻頭は「顔」

数ある清張短編で、ベストワンの最有力候補の作品でしょう。
これぞ短編、という抜群の切れ味。
過去の罪→現在の成功→過去の隠蔽→崩壊、破滅
という王道のパターンを短い中に凝縮させております。
日記(手記)を入れ込んだ表現法も冴えております。

次は「遭難」

傑作短編集『黒い画集』の巻頭作でもあります。
重厚でサスペンスある山岳ミステリー。1970年代の山岳ミステリー隆盛を先取りした作品。
冬山の恐ろしさが伝わってきます。
なぜ冬の山に登るのか、登山に興味のない私には不思議でなりませんが、冬山登山は現代に残された冒険のひとつなのかもしれません。

次に「潜在光景」

野村芳太郎監督、加藤剛主演で映画化された有名な作品ですが、映画の題名は「影の車」。収録されていた短編集『影の車』の題名をとったのです。
これも王道の不倫からストーリーが転がっていく展開。平凡ながら幸せな日常が一転して地獄に。
恐ろしい不倫ですが、過去の犯罪が浮かび上がっていき、単なる家庭の破滅モノに終わらない傑作。

「天城越え」

これも何度も映像化された有名作。
短い回想録を入れ込んで、切れ味ある短編形式に仕上げてあります。
映像化のベストは個人的には、1978年のNHKドラマ。娼婦・大塚ハナを演じた大谷直子がイイのであります。

「殺意」

これはあまり有名ではないかもしれません。
夾雑物をはぎ取った、シンプルな謎解きとして印象に残るお気に入りです。

そして掉尾を飾るのが「陸行水行」

歴史の謎をからめたミステリーの、最高傑作。
ほかにも「東経一三九度線」のような傑作もありますが、代表してこの短編を。
邪馬台国の謎とミステリーをハイブリッドした草分け。
作中の邪馬台国の比定地の仮説も、トリッキーでおもしろい。

私の性格を表してか、非常にオーソドックスで冒険のないセレクトになりましたが、清張の短編の醍醐味を味わう入門編としては適切ではないか、と思っています。


「顔」 松本清張 [松本清張]

『小説 野性時代』の11月号の特集は「松本清張にまなぶ短編小説作法」です。
付録に、角川文庫の仕様(朱色の厚紙のくるみ製本)で製作した文庫本が付いていて、清張の短編が収録されています。
(収録作品:「黒地の絵」「顔」「天城越え」「潜在光景」「証明」「なぜ「星図」が開いていたか」)
このうち、すっかり記憶が薄れてしまっていた「黒地の絵」「顔」「証明」を読み返しました。
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中でも、「顔」が大傑作であることに気づき、あせりました。恥ずかしい。
清張は、この「顔」を表題作とする短編集『顔』で、第10回日本推理作家協会賞を受賞しています(1957年)。

劇団員の井野良吉はその演技が認められて映画に起用されることになる。
しかし、9年前に殺人を犯したとき、ある男性に顔を見られている可能性があり、映画に出れば自分の顔が日本全国に知らしめられ、その目撃者に告発されるのではないかと怖れる……

というのが前半。
物語は、井野の日記からの引用という形式で進みます。省略がうまく利いていて、だれることなく展開し、一人称ですから、井野の焦りが直接伝わってきて、緊密なサスペンスを維持しています。

そして、プロットは二転三転し、おおきくうねります。ラストもよく利いている。

多くの方が傑作と考えているのでしょう。Wikipediaによれば、映画化1回、テレビドラマ化はなんと11回!
直近だと、2009年にNHKでドラマになってます。井野良吉の役に、谷原章介。ぴったりのイメージ。
録画して、DVDに保存してあるので、さっそく観てみます。

脱線ですが、電子書籍が急速に普及をし始めた今年ですが、『小説 野性時代』のように雑誌の付録の復活は紙媒体、店頭販売であることの特徴を生かした戦略で、おもしろいと思います。

『時間の習俗』 松本清張 [松本清張]

三連休を利用して、北九州市の小倉にある「松本清張記念館」を見学してきました。
飛行機嫌いの私は、東京-小倉間を新幹線で移動。片道5時間の長旅でした。
移動中読んでいたのが、『時間の習俗』です。再読になります。
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冒頭で、和布刈神社の神事が描かれています。犯人がこの神事を見物していた、というアリバイを主張します。今回の旅では、和布刈神社も見てきました。

和布刈神事をカメラで撮影していたと主張する容疑者のアリバイは、作り物めいてはいますがとりあえず成立しています。
この長編では、動機の捜査がとても簡略化されており、なぜ捜査陣がこの容疑者にだけこだわるのか、いまいち理由が伝わってきません。動機だけでなく、物証や目撃証言があるわけでもなし。着眼点が弱いのです。三原警部補が容疑者のアリバイに納得ができないという理由くらいで、この容疑者を執拗に追い求めます。

他に3名怪しい人物がいる、と簡単に説明があり、その3名のアリバイが触れられていますが、そっちのほうがよっぽと貧弱なアリバイです。
とりあえず、中盤あたりで鉄壁のアリバイを主張する容疑者に重大な動機があることが説明されますが、前半での刑事のこだわりを合理的に説明するものではありません。

また、第2の殺人を第1の殺人と同一犯人の仕業とする根拠が薄いように思われます。
まあ、小さなキズではありますが。
アリバイ崩しとしては、写真とフィルムをめぐる様々可能性をひとつずつつぶしていったり、航空機の時刻表から犯人の動きを推理したりと、細かいところまで念入りに書き込まれており、なかなかの圭作に仕上がっています。

『時間の習俗』で私が注目したいのは、シリーズキャラクターの起用です。
警視庁捜査一課の三原警部補と福岡県警の鳥飼刑事は、名作『点と線』で犯人のアリバイを崩した名コンビです。
清張が以前に使ったキャラクターを再登場させた唯一の例がこれです。
清張は、シリーズキャラクターを操るのが苦手だったのか、あるいはシリーズキャラクターを育てるつもりが毛頭なかったのか、三原警部補と鳥飼刑事のキャラに前作からの継続性が希薄です。
とくに、鳥飼刑事は『点と線』ではかなり印象に残る登場人物でしたが、『時間の習俗』では精彩を欠いています。
また、三原警部補については、『点と線』では九州や鎌倉にすぐ飛んでいくエネルギッシュな刑事でしたが、今作では東京から離れず、行きつけの喫茶店でお気に入りのコーヒーを飲みながら推理を働かせるという、まるで鮎川哲也の鬼貫警部のようなキャラクターに変貌しています。

松本清張は、その後この二人を起用することはありませんでした。もともと警察官を探偵役とすることが少ないのでその機会もあまりなかったこともありましょう。
私としては、『砂の器』の今西栄太郎刑事の方がキャラクターに深みがあって印象に残っています。

『ゼロの焦点』 松本清張 [松本清張]

この秋の公開に向けて撮影中の映画「ゼロの焦点」。
先日、ベールに包まれていた配役も発表されました。
原作を読んだのが10年以上前だったので、女優・木村多江が演ずる田沼久子という女性がどういう役割を演じていたのか忘れてしまっていたので、このたび再読しました。
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何度も映像化されているので、大まかなストーリーはご存じの方も多いでしょう。
舞台は、昭和30年代前半。
OLの板根禎子は鵜原憲一と見合い結婚をする。
夫・憲一は金沢に勤務していたが、結婚を機に東京勤務に。後任者への引き継ぎのため最後の金沢出張に出かけたが、そのまま失踪。
禎子は後任者・本多と共に夫を捜すが、夫のお得意先だった室戸社長やその妻、佐知子に訊ねても心当たりはないという。
憲一の兄も金沢に着き、捜索を始めるが、兄は他殺体で発見される。
禎子は、室戸社長の秘書・田沼久子にある疑念を持つ……

松本清張は本質的には短編作家です。
長編にも、もちろん『点と線』、『Dの複合』などの傑作がありますが、清張の長編ミステリの多くは、あり得ないような偶然の連環によってプロットが進んでいくという欠点があり、それは絶筆となった未完の長編『神々の乱心』まで直らない清張の悪癖でした。

しかし、この『ゼロの焦点』にはその欠点はみられません。
夫・憲一を捜す禎子や本多たちの動きが、犯人に見えない圧力をかけることによって、犯人が次の動きをとる。そして新しい事件が発生し、プロットが展開していきます。

新婚の夫に失踪されるヒロインが主人公ですから、もっとウエットな描き方もできたとは思いますが、清張はドライに禎子を描いていきます。
視点を禎子に完全に固定し、謎の海を必死に泳ぐヒロインを描くことに成功。独特な静かなサスペンスを醸し出しています。記憶していた以上の傑作でした。

探偵役は、禎子です。禎子は打ちひしがれた弱いヒロインではなく、自ら推理し、単身で「捜査」に動きます。
捜査権もない素人の捜査ですから、禎子の推理は確証のないものばかりです。
また、推理もヒラメキによるものがほとんどで、本格ミステリに親しんだ方には物足りないかもしれませんが、この推理の積み上げ方には、とてもリアリティーがあり、引き込まれていきます。

映画では、女優・広末涼子が禎子を演じますが、どこまで演じきれるか、お手並み拝見です。

「潜在光景」 松本清張 [松本清張]

またまた松本清張の短編の紹介です。
新潮文庫には、独自編集の短編集が多くあります。
この『共犯者』は、初期の短編を集めたもの。
現在毎月一冊ずつ刊行されている光文社文庫の『松本清張短編全集』と被ります。

共犯者 (新潮文庫)

共犯者 (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1980/05
  • メディア: 文庫


この中でピカ一は「潜在光景」です。
少年のころ、近所に住んでいた少女に20年ぶりに再会した主人公。
彼はその少女に淡い恋心を抱いていた。
女は夫を亡くし、一人息子を懸命に育てていた。
お約束のように、主人公はその女と不倫に堕ちる。
主人公は女に溺れていくが、女の息子が主人公になかなか馴染まない。
そんな女の息子に、いつしか主人公は自分の少年時代を重ねていく。

ミステリーとしてどうとか言うより、未亡人の描き方が官能的で良い。
猥褻な描写があるわけではありません。
淡々とした文体で、中年女性のエロスを松本清張は巧みに描きます。
似たような設定の長編『屈折回路』も、子連れの夫人と不倫関係になる男が主人公。
長編だけあって、ちょっとした濡れ場が用意されているが、これがまた官能的。
そこらのポルノ小説は裸足で逃げていく。

清張の描く女性は怖いです。
これも有名な短編ですが「一年半待て」の悪女も恐ろしい。
「一年半待て」のすごいところは、直接その女性を描くシーンがないことです。
間接的に説明される女の化けの皮がだんだん剥がされていくところなんかサスペンス横溢。

また、清張の悪女は、けっして美女ではなく、容姿は普通の女性であるところも良いですね。

『死の枝』 松本清張 [松本清張]

松本清張の短編が好きです。
今回は、レベルの高い短編集『死の枝』からお気に入りの短編を再読してみました。
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松本清張は、もちろん短編作家というわけではなく、数多くの長編を発表しています。
『点と線』や『Dの複合』などの名作も少なくありません。
しかし、多くの長編に言えることですが、プロットを展開させるときに「偶然」を多用する癖がみうけられます。
たとえば、『黄色い風土』や『影の地帯』なとでは顕著です。
特に、『影の地帯』は「君の名は」以上の偶然の連続に、読んでいて辟易することでしょう。

映画化されて有名になった『砂の器』は、清張作品としては平均的なレベルでしょう。全体的にやや冗長な感があります。

短編でも「偶然」が使われることがありますが、まあたいてい一度きりなのであまり気になりませんし、上手い使い方が多いようです。

この『死の枝』には、倒叙形式の短編ミステリが収録されています。
運命のいたずらというか、思わぬ偶然で犯行が露呈するというパターン。本格としての倒叙ミステリとは違いますが、切れ味のいい短編集です。

「史疑」は、新井白石の著書のうち、存在は知られているものの、いまだに発見されていない著書「史疑」を見つけたと言う地方の名士と、彼に群がる歴史学者たちの話。
「古本」は、明治期に発表された自費出版の歴史小説を地方の古本屋で手に入れ、それを盗作してしまう小説家の話。
いずれも、歴史的知識がさりげなく盛り込まれていて、短い短編なのにまあよく調べてるなあ、と感心します。
「年下の男」は、裏切った年下の交際相手を殺害する年増女の話。清張得意の悪女物。これなどは倒叙ミステリとしてもなかなかよくできております。

現在、光文社文庫からは「松本清張 短編全集」が刊行されていますが、これは初期短編のコレクションで、『死の枝』収録の中期の作品は収録されていません。
清張の初期短編は、普通小説、歴史小説なども多く、推理小説もどちらかというと犯罪小説に近いものが多いです。
かえって、中期以降のものの方が、狭い意味での推理小説の形式を持っています。

「陸行水行」 松本清張 [松本清張]

文春文庫の最新刊、『陸行水行』の表題作である「陸行水行」は、ご存じのとおり“邪馬台国さがしミステリ”です。

松本清張というと、『点と線』 『ゼロの焦点』 『砂の器』といった長編があまりにも有名ですが、この作家は本質的に短編作家です。
新潮文庫の『張り込み』と『駅路』に収録されている初期短編群を読むだけで、清張の短編巧者ぶりがわかるでしょう。
清張の最高の短編集は、『黒い画集』です。
特に「遭難」という山岳ミステリが白眉。
のちに森村誠一が山岳ミステリで有名になりますが、清張の「遭難」はそれより十年以上も早い。

わたしが清張短編ベスト5を選ぶとすると、間違いなく選出する作品として「遭難」の他にはこの「陸行水行」があります。
「魏志倭人伝」に記された邪馬台国は、はたして日本のどこにあったのか。
古代史最大の謎ですね。
「魏志倭人伝」の中国から邪馬台国へ至るルートが、どことなくジュブナイル冒険小説のようで、それが少年の心を持つ大人たちを惹きつけるのかもしれません。
「東南のかた陸行五百里にして、伊都國に至る」
というのが、
「ひょうたん池から南に五十歩 杉の木の下 そこに宝を埋めた」
というような雰囲気を持ってませんか。

清張はこのほかにも「東経百三十五度」など歴史の謎を用いた短編ミステリを書いています。
清張が上手いのは、単に歴史の謎を紹介して終わるだけでなく、人間の謎、つまり事件と巧みにからませるところです。
歴史の謎を喜々としてもてあそぶ者たちの醜さを事件という形でくくり出す。
そこにまた松本清張の怖さを、読者は知ることになるのです。


『点と線』 松本清張 [松本清張]

松本清張の代表作中の代表作、『点と線』を再読しました。
もう4回目の再読になりますが、前回読んだのが10年以上前のことですので、細部についての記憶はあいまいになっておりました。

(★★★以下、『点と線』の真相について言及しています。ご注意ください。★★★)

初読のときは、中学生であった編集責任者を狂喜乱舞させた『点と線』ですが、さすがに現代本格の到達点から俯瞰すると、「本格ミステリ」としては凡庸さを隠しきれません。例えば、次のようなポイントです。

○探偵役の三原紀一警部補が、犯人が航空機を使用した可能性になかなか気づかないこと。
○北海道行きの列車に乗っていた、というアリバイ工作が、替え玉によるものだったという単純なトリックによるものであること。
○犯人は航空機のチケットを他人の名前を借りて購入しているが、名前を貸した人に「警察から質問されたら『自分は間違いなく○○便に乗っていた』と答えてほしい」と依頼している。なんとも牧歌的な工作であり、このあと警察の追求により、この名貸し人は事実を認めてしまう。
○東京駅の「空白の4分間」は、犯人の計画を補強しているどころか、その不自然さから、捜査陣の注意を引いてしまっていること。犯人はなにも無理して、お時さんの同僚にホームを歩いている姿を目撃させる必要はない。たとえば、写真に撮っておくだけでもいいだろう。犯人と別れたお時さんの同僚たちが、特急「あさかぜ」のホームに行って、お時さんと話し込んでしまったら、犯人の計画は瓦解してしまう。現に、同僚たちは「あさかぜ」のホームに行きかけている。

とはいっても、それは2006年からの見方にすぎず、約50年前に書かれたこの作品が、当時の推理小説のファンたちを驚かせたことは十分に理解できます。鮎川哲也はマニアックすぎて、ごく少数の読者にしか愛好されていなかったでしょうから。

再読すると、いままで見えなかった面が現れてくるものです。
犯人の安田は、最後に病気の妻と服毒自殺します。妻も共犯でした。それどころか、時刻表を読むのが好きだった妻がこの犯行計画を立案した形跡があるのです。
三原警部補は「じつは妻が安田に毒を飲ませ、自分も毒をあおったのではないか」と疑問を呈しています。
お時さんは、病弱の妻の代わりに安田の性欲を満たすためだけの、いわば「2号さん」でした。
妻が安田に相談され、犯行に協力する気になったのも、お時さんへの復讐の意味も含まれていたのではないか、と三原警部補は推測します。
そして最後は、快復の見込みのない妻が安田を道連れに。
北海道行きの列車に替え玉として乗っていた××省の課長ですが、彼はそのアリバイ工作が殺人事件のためだったとは思わなかった(つまり、まさか安田が被害者を殺すとは思わなかった)そうです。
(推測が多いのは、このあたりがほとんど三原警部補の推理にすぎないため。)

つまり、三原警部補の推理どおりであれば、安田の妻は、多くの関係者をあやつっていたことになります。お時さんを、佐山課長補佐を、××省の課長を、そして夫を。
主犯と目される安田から事件をみれば、一大汚職事件の隠蔽工作という「黒い霧」がもくもくと立ちこめる社会派ミステリがそびえ立ちますが、一方、安田の妻からみれば、病に蝕まれた女によるトリックを駆使した復讐劇、という古典的な構図が浮かび上がってくるのです。

後者の見方で『点と線』を眺めると、「本格ミステリ」らしくみえてくるから不思議です。

さて評価は、初読の感動を加味して、★★★★ です。


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